元ひきこもりのゆるふわ社会生活blog

元ひきこもりが社会生活を徒然なるままに書き綴ります

言うべきか言わないべきか

僕は迷っていた、言うべきか言わないべきか。相手の立場になって考えた場合、僕だったら言ってもらいたい。ただし僕の放った一言が相手を傷つける可能性もある。

 

『これから「正義」の話をしよう』でおなじみのマイケル・サンデル教授の話を思い出す。

まず前提として、以下のようなトラブル (a) が発生したものとする。

(a) 線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。


Trolley problem.png
そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。

(1) この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?
なお、A氏は上述の手段以外では助けることができないものとする。また法的な責任は問われず、道徳的な見解だけが問題にされている。あなたは道徳的に見て「許される」あるいは「許されない」で答えよ、という課題である。

つまり単純化すれば「5人を助ける為に他の1人を殺してもよいか」という問題である。功利主義に基づくなら一人を犠牲にして五人を助けるべきである。しかし義務論に従えば、誰かを他の目的のために利用すべきではなく、何もするべきではない。

引用-Wikipedia

 

上記を例に考えてみよう。僕が言うことで相手は傷つくが、僕と同じように考えていた周囲の人間の言うべきか言わないべきかという葛藤を取り除き、結果として周りの人間を助けることになる。一方で何も言わない場合、相手は傷つくこともないがその人の周りの人間はずっと心の中にモヤモヤした思いを持ち続けることになる。僕はどちらの選択肢をとるべきか。僕の中の倫理観が闘い続ける。

 

相手は僕より一回り上の会社の男性役員だ。高級車で毎朝出勤。髪型を整え黒のスーツが決まっている。時折、僕らにジョークを言って場を和ませるものの僕らが話す冗談は通じそうにない。面と向かって話すたびに気になってしまい、ふと口から出そうになってしまう。「いつも鼻毛が出ていますよ」と。

あなたの職業は何ですか?

小学校から付き合いのある友人のちょっとした話。

 

小学生にも関わらず老け顔と低い声が特徴的だった彼は、同級生達からオヤジいじりをされていた。そんな彼と小学校から高校まで同じところに通っていた。その後、僕は高校を中退し彼は京都にある大学に進学した。周りのみんなが大学進学や就職していく一方で僕は高校を中退した後、ずっとひきこもりを続けていたこともあり劣等感を感じていた。しかしそのことも高卒認定試験に合格し大学入学、そして社会人となるに連れてその感情も徐々に薄くなっていった。

 

僕が高校を中退して以来、小中学校の友人とずっと音信不通であったが社会人という肩書きを手に入れた今、僕は思い切って旧友に連絡を取り集まることにした。5人程集まり話を聞いていると、僕が音信不通の間に地元を離れ県外で就職した人、いつの間にか結婚して子供がいる人もいてそれぞれ自分の道を進んでいるんだなと感じていた。オヤジ顔が板に付いてきた小学校からの友人の近況を尋ねてみるとどうやら彼は大学卒業後、京都から地元へ戻りとある会社で働いてるらしい。会社で何をやっているのか聞いてみると彼が一言「俺、枕営業やってるよ。」確かに極一部の層から絶大な支持を受けそうな彼である。枕営業をやっていても生計を立てていけるだろう。実際、枕営業とは言っても枕や布団なんかの寝具を販売しているだけだ。知らぬ間に親父ギャグも習得したらしい。

 

とはいえ、自分の職業を聞かれた時にユーモアで返せるのは羨ましい限りである。僕も考えてみよう。油を売ってます。どちらかと言えばそんなに暇ではないし油を売る仕事でもない。夢を売ってます。夢を売るというよりも数字でもってリアリティをまじまじと叩きつける方だから夢は売ってない。夢を壊す職業の方が近いだろう。考えてみるがなかなか思い浮かばない。

 

そういえば最近、枕営業をしていた彼が転職をしたそうだ。今、彼は何を売っているのだろうか。今度会う時までの密かな楽しみだ。

 

 

献血の思い出

社会人になってから半年に一度献血に行くようになった。というよりも行かされるようになったと言った方が正確かもしれない。僕の勤めていた会社の代表がライオンズクラブという社会奉仕団体に加入しており、社会奉仕活動の一環として会社内の若手社員に対し献血へ行くように奨励していたのだ。

 

献血の手順は以下の通りだ。

1.献血受付

2.問診票記入

3.問診 / 血圧・体温測定

4.ヘモグロビン濃度測定 / 血液型事前検査

5.採血

6.休憩

 

いつものように献血をちゃちゃっと終わらせ、会社に戻り残っている仕事を片付けたいと考えていた。季節の変わり目でここ数日間は体調を崩していたものの、献血当日は特に気怠さも感じなかったためそのまま献血を受けた。採血を初めて数分間、いつもと変わらない日常が流れる。しかし突然体に異変が起こる。胸が圧迫されるように感じ呼吸が激しくなる。目の前がだんたんと薄暗くなり海の底へ沈んでいるようだ。苦しさを感じる一方、頭の中では冷静な自分がこのまま血を抜かれ続けるとスーと意識が飛んで死んでしまうんだろうなと思う。ハッと我に返り看護師さんに献血を止めてもらいしばらく動けずじっとしていた。

 

少しくらい体調が悪くても大丈夫だろうという軽い気持ちで献血に臨んだが危うく死にそう?になった。僕みたいなアホはいないと思うが、少しでも体調が悪いと感じる場合は献血を受けることを控えて欲しい。

 

独り言にリアクションしたくなった話

ひょんなことからフルマラソンに参加し、走るって意外と楽しいもんだなと感じた僕。マラソンガチ勢ではないものの細く長くジョギングを続けていたこともあり、初めてのフルマラソンの後もいくつか大会に申し込み走っていた。3度目のフルマラソンに挑戦しようとした時は、今までの経験もあり非常に気が楽だった。なぜなら自分の実力がどれほどのものか分かっていたし、ペースが落ちてくる距離、体力的・精神的に辛くなる距離も予測ができていたからだ。

 

3回目に挑戦したのは、埼玉県戸田市にある彩湖の周りをグルグルと走るマラソンレースだ。フルマラソンと同時にウルトラマラソンのレースも行われ、フルマラソンの参加者は1周約4.6キロのコースを9周、ウルトラマラソン(70キロ)の参加者は15周そのコースの周りを走る。コースに2箇所エイドステーションがあり給水や給食の心配は不要だ。心配事があるとすれば同じところをグルグル周るので走っていて飽きてしまわないだろうかということぐらいだ。

 

大会当日、天気は快晴で雲ひとつない。身体に吹き付ける風が若干肌寒く走るにはもってこいのコンディションだ。小規模な大会ということもありスタートでの大渋滞もなく、ピストルの合図とともにスムーズに流れに乗る。スタートから1時間、2時間と経過し順調に距離を重ねていく。3時間を経過した頃だろうか。前方をゆっくりとチョビチョビ走るぽっちゃり男性。その横を何人ものランナーがするりと追い越していく。僕も流れに乗ってその男性の横を追い抜いた時、男性が一言「はぁ〜、みんなすごいなぁ」と溜め息をつく。いや、あなたも十分すごいですよと背中を押してあげたくなった。

 

彼にとってそれが初めてのマラソンなのかは分からないが、僕には初めてのマラソンが一番辛く感じた。マラソンに限らず仕事であれ学校生活であれ、何事も最初が一番大変で後から徐々に楽になっていくものだ。彼がマラソンを続けているかなんて知る由もないが、心のどこかで続けてくれていればいいなと感じている。

 

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山をなめるな!トレイルラン

初めてのフルマラソンを辛うじて完走した僕は達成感に満ち溢れていた。学生時代、マラソン大会に出ると必ずと言っていいほど脇腹を痛め、走ることに嫌悪感を覚えていた。マラソンなんか一生やりたくねぇ、そう感じていたはずだが、フルマラソン完走をきっかけにその考えがガラッと変わってしまった。その後も定期的に練習を続け半年後に2回目のフルマラソンに挑戦した。日頃の成果が身を結びなんと1回目のフルマラソンの記録よりも30分程タイムを縮めることができた。順風満帆である。やればできるやん俺!完全に調子に乗っていた僕は新たなチャレンジをすることにした。そう、トレイルランニングだ。

 

トレイルランニングとは、林道、登山道などの舗装されていない道を走るアウトドアスポーツである。アスファルトやコンクリートなどで舗装された道を走るロードレースのマラソン大会とは対照的だ。次は何に参加しようかとインターネットで探している時に出逢ってしまった。コースは長さ21キロで標高1400mの山を越えていくルートのようだ。山に登った記憶なんて小学校の頃の遠足が最後だろうか。当時はそんなに苦労した覚えはなかったはずだ。頼りにならない自分の記憶力をあてにして軽い気持ちで参加した。なぁに、普通に歩いても時速5キロくらいなんだから、21キロだったら歩いても4時間ちょっとで終わるじゃん。走ったら2〜3時間くらいで終わっちゃうんだから、お金と現地まで片道2時間かけて行って走るのはなんかもったいないな〜なんて思っていた。

 

大会当日。梅雨の時期も近づき不安定な天候が続いていたが一昨日までの雨が嘘のようだ。キラキラと太陽が輝く。ガッツリ肌でも焼いてスポーツマンにイメチェンしよ。『焼けてますね?何かスポーツでもされてるんですか?』『全然ですよ、ただ山を走ったりするのが好きなだけでそれで肌が焼けちゃったんです。』『えー、そうなんですか〜!てか山を走るんですか!すご〜い!』くだらない妄想を頭の中で膨らませる。スタートまでの時間をリラックスして過ごした。

 

スタート位置に並びピストルの音が鳴り響く。先頭の人から順になだらかな坂を登っていく。しばらく走っていると徐々に開けた砂利道から傾斜のある山道へと変わっていく。道幅が狭く人一人歩くのが精一杯でアリの行列のように連なる。スタートから1時間程して道幅も広くなり人もばらけてきたので自分のペースで進めるようになった。よっしゃ、ここからペースを上げてくぜ。俄然気合が入る。

 

スタスタスタッ、スタスタスタッと軽かった足取りが急激に重くなる。傾斜が一気に険しくなった。ドスンッ、ドスンッ。一歩足を上げ自分の体を引き上げまた一歩。心臓の鼓動が激しくなり息も上がる。これいつまで続ければいんですか?トレイルランに参加した自分を後悔した。「分け入っても分け入っても青い山」中学校時代に習った種田山頭火の俳句が頭をよぎる。どこまで行っても終わりが見えないんですが…

 

心は死んでいたもののなんとか頂上まで辿り着き次は下りだ。下りなら重力に任せて進むだけだと思った自分が馬鹿だった。冬場はスキー場に利用されているそのコースは、傾斜が急すぎで走って下ることは初心者には難しいのだ。ブレーキをかけながら一歩一歩着実に自分の足にダメージを蓄積させた。ようやく下り終わったと安堵していたのも束の間、目の前に見える登り坂に僕は絶望した。もう無理だ。その場で体育座りをし、次々と僕を追い抜いていくランナーの背中を見守った。空中にブーンと音を鳴らすドローンがふわふわと漂う。俺をゴールまで運んでくれないかなと現実逃避を始める。「咳をしても一人」このまま俺は死んでいくんだ。山は怖い、山は怖い…

 

しばらく体も動かず座っていると後ろからきた山男に声を掛けられた。大したことを言われた訳ではないが、沈んでいた気持ちも復活し元気が湧いてきた。喉がカラカラで走る前に水分補給をしないとまずいと思い、山肌から流れ出る水を飲み喉を潤した。お腹を壊しても構わん、失うものは何もないと開き直り再度走り始めた。その後心折れることなく最後まで走り抜けた。結果、21キロの道のりを5時間以上かけて完走した。

 

トレイルランというカジュアルな名前に騙された。

山をなめるな。山をなめるな。

 

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初めてのフルマラソン

社会人になり数年も経ち運動習慣も全くなくなった僕の体重は自分史上最高値を記録していた。会社の先輩から顔、丸くなったねと言われたことをきっかけに自分に鞭を打ちダイエットを始めることにした。薄々感づいてはいたのだ。電車通勤から車通勤に変わりほとんど歩くこともなくなっていたし、3階にある職場への階段の上り下りでさえ息切れしていた。20代でこの状態だと先が思いやられると感じ、週末に自宅周辺の公園や市営ジムのランニングマシーンを利用して走り始めた。

 

地元金沢マラソンの申込日が近づいたある日、職場の関与先40代のおじさん、いやお兄さんから金沢マラソン出ようよとお誘いの声。ジョギングは続けていたものの、長くても10キロしか走ったことがない。この4倍ほどある距離を走るなんて考えられなかったし、決して安いとは言えない参加料金を払ってでも苦しい思いをしたい人がいるなんて理解できなかった。このことを職場で話しているとそういったお金を払ってでも苦しい思いをしたいマゾヒストは潜んでいるものだ。騙されたと思って一回参加してみ、絶対楽しいから。悪徳営業マンさながらの謳い文句に負かされ参加することを決め、マラソンの抽選にも当たった。

 

本番までの半年間、週に2、3回走り月間走行距離は50〜100キロほど。本番までに30キロの距離がどれほどのものか一度経験しておきたいとは考えていたものの、左膝に痛みが走り最長で15キロまでしか経験できなかった。大会当日に近づいたある日、最初に誘ってくれたお兄さんと久々に再会した。申し込んだんだけど抽選外れちゃった。俺の分もマラソン頑張ってね〜。おい、あんたが誘ったんだから参加したんだぞ!俺の代わりにお前が走れ、とは言えず苦笑いでやり過ごす。

 

金沢マラソン当日は生憎の曇天模様。この天気が通常営業なので何の感情も湧かないが雨が降っていないだけましだ。走り始めたら暑くなるだろうと思い半袖を着てスタート位置に並んだが、体と唇の震えが止まらない。冷たい風にポツポツと降り出す雨が体から熱を奪う。待機時間が長すぎる。ようやく待ちに待ったピストルの音が聞こえてくる。ちょっとずつ固まっていた集団がばらけ、自分のペースを保てるようになる。雨の音に負けない沿道の歓声、ちらりと目に映るYOSAKOI、チアリーディングなどのパフォーマンス、お腹に響く太鼓の音。あれ、意外に楽しい。気持ち悪いと思いながらも自然と笑みがこぼれる。不安視していた左膝の痛みも忘れ初めてのフルマラソンを堪能した。

 

練習で経験していた15キロまでの距離を超えここからは未知の世界だ。脳内麻薬のおかげかそんなに疲労感はない。時折エイドと呼ばれる給水、給食ポイントでエネルギーを補給し順調に歩を進めた。長時間走っていると徐々にエネルギーが消費されていくのが分かる。ちょうどお腹が空き始めた30キロ過ぎのエイドでカレーが提供されている。腹ペコだった僕はカレーを何杯もおかわりした。カレーを食べ終わり緊張の糸が切れ、どっと疲労感が訪れた僕にはもう走る気力はほとんど残っていなかった。走るのを諦めゆっくりと歩き出した。沿道の応援もまばらで周りからの視線も減り、また僕と同様に歩いている人も増え始めているのが心強かった。

 

しばらく歩いているとポツポツと降っていた雨が激しく降り始めた。冷たい雨が体に直撃しまた震えを感じ始める。身の危険を感じた僕は、早く暖かいところに行きたい一心でゴールに向かって走り出した。ゴールに近くにつれまた沿道の声援も増える。走る気力なんて全くないし心の中は空っぽだったが、周りの声援に背中を押されなんとかゴールまでたどり着いた。約5時間弱にもおよぶ僕の初めてのフルマラソンが幕を閉じた。

 

本当の闘いはマラソンが終わった後にあるのだ。その後、体育館で服を着替え、何にもする気力が起きず放心状態でしばらくの間うずくまっていた。このままお家まで何の努力もせず運ばれたいというタクシーの誘惑に負けずバス電車を乗り継ぎ足を引きずりながら家に帰る。マラソン後しばらくの間まともに歩けず生まれたての小鹿のような生活を送りこう感じた。階段の手すりにマジ感謝。バリアフリー大事です、と。

 

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提供:石川県観光連盟(https://www.hot-ishikawa.jp/photo


 

タイの彼氏

タイ・バンコクへ一人旅に行った時のお話。

 

5年勤めていた会社を辞め次の職場へ出社するまでの約1ヶ月、僕は久々に人生の夏休みを謳歌していた。このままダラダラして1ヶ月過ごすのも良いが、旅行作家の本を読んだりPodcastを聞いたりすることにハマっていたため旅に出ることにした。特段用事がなければ家にずっと引きこもってばかりいるので思い切って海外旅行しようと考えた。海外の一人旅は初めてだったので行き先に迷ったが、バックパッカーといえばバンコクでしょという安易な発想から目的地をタイ・バンコクに決めてしまった。インターネットで航空券とホテルを予約し、ゾウと戯れるオプショナルツアーも無料で参加できるとのことだったのでなんか面白そうと思ってそれにも参加することにした。

 

旅行初日。成田空港で飛行機に乗り込み日本にお別れを告げる。離陸の瞬間、脈打つ鼓動がわかるのは緊張しているせいなのだろうか。しばらくして飛行機も水平飛行に入り騒音も消え、周りの会話も聞こえるようになった。どうやら僕の隣2席と前方の3席は僕と同年代の大学時代の友人の集まりのようだ。野郎の集まりである。マジかよ、積読してた本を読みたいんだからテンションぶち上げで騒ぐのはやめてくれよと心の中で思う。本を読み始めたが隣で話す会話が自然と耳に入ってくる。結婚を考えている彼女がいるらしく、来月の彼女の誕生日にまた旅行へ行くらしい。プレゼントの話や相手のご両親へのご挨拶など20代後半となってくるとそういうもんだよなぁと、まぁ俺には縁のないことだと自分の境遇と比べてしまう。てかこの旅行が終わったら彼女と結婚するんだ!なんて死亡フラグ立てるのやめてもらっていいですか?映画だったらあなたに巻き込まれで死んじゃうパターンですよね。

 

なんてそんなハプニングはなく無事タイに到着した。飛行機から現地に降り立った瞬間のあのムンムンとした熱気と匂いは海外に来たんだと実感させられる。入国審査を済ませ成田空港で預けたスーツケースを探す。探す、探す…探す……あれ見当たらない。30分以上空港内をウロウロし初っ端からのトラブルに泣きそうになった。係の人に事情を説明したところ探している場所が違っていたらしく1つだけ虚しくベルトコンベアを流れる僕の相棒と再会した。

 

初っ端のトラブルとは一転してそれ以降は大きなハプニングもなく旅行していた。3日目の朝、申し込んでいたオプショナルツアーの集合場所に向かう。何名か先に到着していた。異変に気付いたのは全員が集合した時だ。ツアーの参加者は全て日本人で僕以外はカップルか友人同士の集まりなのだ。安易に面白そうと思ってオプショナルツアーに申し込んだ旅行前の自分を恨んだ。好き好んで疎外感を味わいたい奴なんているか。バスに乗り込み添乗員の説明が始まる。目的地に到着するまで何箇所かお土産屋さんに向かうらしい。高校時代、休み時間に学校内を練り歩き時間を潰していた昔の自分を思い出す。

 

そんな苦痛の時間を終えやっと目的地についた。何頭ものゾウが僕たちを待ち受ける。ゾウを見たのは子供の頃行った動物園以来である。やっぱゾウってでけぇなと沈んでいた気持ちをちょっと持ち直した。この場所ではゾウの背中に乗って森や池の中をグルグルと1周するらしい。列に並び順番を待つ。1組ずつゾウに乗り込んでいき出発と同時にはしゃいでいる声が聞こえてくる。目の前にいる女子大生3人組の番がきた。まさかなと心の中で感じていた出来事が現実となる。ゾウには2人しか乗れないのでその女子大生3人の内2人が先に乗り込む。あとの1人はどうなるのと思っていたが、係の人に誘導されどうやら僕と一緒に乗るらしい。あぁ、また高校時代の2人組作ってーの悪魔の呪文の再来かとトラウマが蘇りながらゾウに乗り込んだ。

 

今朝の集合場所に到着してから完全に人見知りモード全開でスイッチを完全にオフにしていたが、開き直って社会人経験で培ってきた営業トークと営業スマイルを駆使し女子大生と話し始めた。隣に座っている女子大生は大学4年生で社会人になる前にいっぱい旅行しておきたくて手始めにタイにきたそうだ。そんなたわいもない会話をしながら僕たちの前をゆっくりゾウに乗って進む女子大生2人組からスマホで写真を取られる。思いっきりの変顔とピースサインでサービス精神を発揮する。1周ぐるっと周りゾウから降り、観光地特有の写真撮っておいたんで買ってきなよと現地人の営業が始まる。前にいた女子大生2人組からタイの彼氏じゃんwなどといじられまくった。どうもタイの彼氏で〜す。またタイに来たときに連絡頂戴よ、なんて言いながら隣に座ってくれた女の子に写真をプレゼントした。

 

良い思い出ではあるが、一人旅の時は絶対にオプショナルツアーは申し込まないと決心した。

 

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