元ひきこもりのゆるふわ社会生活blog

元ひきこもりが社会生活を徒然なるままに書き綴ります

なんちゃって通訳体験

以前の職場は地元の中小企業の関与先がほとんどで業務上英語を使う機会は全くなかった。英語を使用する場面があるとすれば、観光地の近くに職場があることから外国人観光客に道を尋ねられる時に話すことくらいだろうか。中学校から英語の授業を受け始め大学受験でもそれなりに勉強した。洋画、洋楽を見たり聞いたりすることが趣味でもあったため、せっかく今まで勉強してきた英語を全く使わないのももったいない。生きた英語を実際に使ってみたいと言う気持ちもあり転職することにした。遅れてやってきた僕の冒険心が芽生えてしまったのだ。

 

ローカル企業からグローバル企業へと転職し英語を使用する機会がぐんと増えた。主にメールやチャットが中心ではあるが、海外にある会社とのやり取りが必要なため毎日英語の読み書きをするようになったのである。転職した当初は今までの職場の環境とのギャップに驚きながらも何とか毎日やり過ごしていた。そんなある日、研修ということで香港からこちらへゲストが来ることになった。研修の際の役割分担が部署内で発表され、まさかの自分が通訳を担当をすることになってしまった。転職の面接では、もちろん完璧ではないが英語できますよオーラを発して面接に臨んでいる。英語が全くできないわけではないので盛りに盛って一応英語できますアピールをしただけである。自分の実力は自分が一番よく知っているので通訳なんてできないことは十分承知していた。当日はいつもの様にノリで何とかやり過ごそう。

 

研修当日。香港からゲストが何名かやってきた。研修に入り自分も通訳として参加する。自己紹介を終えここまでは何事もなく順調だ。ここから本題の業務の話に入りゲストが話し始める。なるほどなるほど、言っている意味は理解できる。ん、小奴めいつまで喋るんだ。ゲストの話が止まらない。途中まで理解できたはいいもののゲストの話が長すぎて途中で内容を理解することをギブアップしてしまった。通訳を入れているのにも関わらず1人で10分以上話すんじゃねぇ!そもそも、これが日本語であっても要約して伝えられないわ。とまぁ惨憺たる有様である。結局のところゲスト側に日本語と英語を話せる方がいたのでその場は何とかなった。通訳ってノリでできるもんじゃないなと感じる一方で、話す側もある程度配慮してくれないと通訳なんてできないものだなと感じる体験であった。

 

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提供:石川県観光連盟(https://www.hot-ishikawa.jp/photo

 

ドジっ子美容師

地方から東京へ上京してきてちょっと悩んだことある。それは美容院選びだ。ひきこもりの時から転職をして東京へ上京するまでの間、美容院の雰囲気が苦手すぎて自分で髪を切っていた。セルフカットを続けていても良かったのだが、東京へ来たことを機に気持ちを改め美容院に行くことにした。

 

美容院といえばお店の前からオシャレじゃない奴は入ってくるんじゃねぇよ感を醸し出してくるし、髪を切っている間の会話がまたコミュ障にとっては辛いのだ。ファッション誌やグルメ雑誌を渡してくれるが、ひきこもり要素満載の僕にとってファッションやグルメなんか興味がないのでパラパラっとページをめくっただけですぐに読み終わってしまう。結局、美容師との会話も盛り上がらず満面の苦笑いで時を過ごすのだ。

 

さてそんな悲しい思い出しかないから美容院は慎重に選んだ。僕でも入りやすいところ。そう、席数の少ない小規模な店舗で寂れた感のあるお店だ。寂れたと言うのは失礼なので隠れ家的なお店と言った方が適切かもしれない。担当してくれたのは丸メガネのバイオレットな髪色が印象的でどこかDr.スランプのアラレちゃんを彷彿とさせる。毎回髪を切るたびに1回はハサミを落としているし、電話対応のため髪を切るのを中断し再び戻ってきた時には何の話をしてましたっけ?とお話の内容も一切忘れている様子のアラレちゃん。終いにはハサミを僕の頭に突き刺すことだって稀にあるのだ。美容院でハサミが頭に刺さって死んだと言うニュースがあればそれはきっと僕のことだろう。なんて思いながらかれこれずっとそこに通っている。ハサミを頭に突き刺すのは勘弁してほしいが、良い意味で気楽に行けるところなので末長く続いてほしいものだ。

 

言うべきか言わないべきか

僕は迷っていた、言うべきか言わないべきか。相手の立場になって考えた場合、僕だったら言ってもらいたい。ただし僕の放った一言が相手を傷つける可能性もある。

 

『これから「正義」の話をしよう』でおなじみのマイケル・サンデル教授の話を思い出す。

まず前提として、以下のようなトラブル (a) が発生したものとする。

(a) 線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。


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そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。

(1) この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?
なお、A氏は上述の手段以外では助けることができないものとする。また法的な責任は問われず、道徳的な見解だけが問題にされている。あなたは道徳的に見て「許される」あるいは「許されない」で答えよ、という課題である。

つまり単純化すれば「5人を助ける為に他の1人を殺してもよいか」という問題である。功利主義に基づくなら一人を犠牲にして五人を助けるべきである。しかし義務論に従えば、誰かを他の目的のために利用すべきではなく、何もするべきではない。

引用-Wikipedia

 

上記を例に考えてみよう。僕が言うことで相手は傷つくが、僕と同じように考えていた周囲の人間の言うべきか言わないべきかという葛藤を取り除き、結果として周りの人間を助けることになる。一方で何も言わない場合、相手は傷つくこともないがその人の周りの人間はずっと心の中にモヤモヤした思いを持ち続けることになる。僕はどちらの選択肢をとるべきか。僕の中の倫理観が闘い続ける。

 

相手は僕より一回り上の会社の男性役員だ。高級車で毎朝出勤。髪型を整え黒のスーツが決まっている。時折、僕らにジョークを言って場を和ませるものの僕らが話す冗談は通じそうにない。面と向かって話すたびに気になってしまい、ふと口から出そうになってしまう。「いつも鼻毛が出ていますよ」と。

あなたの職業は何ですか?

小学校から付き合いのある友人のちょっとした話。

 

小学生にも関わらず老け顔と低い声が特徴的だった彼は、同級生達からオヤジいじりをされていた。そんな彼と小学校から高校まで同じところに通っていた。その後、僕は高校を中退し彼は京都にある大学に進学した。周りのみんなが大学進学や就職していく一方で僕は高校を中退した後、ずっとひきこもりを続けていたこともあり劣等感を感じていた。しかしそのことも高卒認定試験に合格し大学入学、そして社会人となるに連れてその感情も徐々に薄くなっていった。

 

僕が高校を中退して以来、小中学校の友人とずっと音信不通であったが社会人という肩書きを手に入れた今、僕は思い切って旧友に連絡を取り集まることにした。5人程集まり話を聞いていると、僕が音信不通の間に地元を離れ県外で就職した人、いつの間にか結婚して子供がいる人もいてそれぞれ自分の道を進んでいるんだなと感じていた。オヤジ顔が板に付いてきた小学校からの友人の近況を尋ねてみるとどうやら彼は大学卒業後、京都から地元へ戻りとある会社で働いてるらしい。会社で何をやっているのか聞いてみると彼が一言「俺、枕営業やってるよ。」確かに極一部の層から絶大な支持を受けそうな彼である。枕営業をやっていても生計を立てていけるだろう。実際、枕営業とは言っても枕や布団なんかの寝具を販売しているだけだ。知らぬ間に親父ギャグも習得したらしい。

 

とはいえ、自分の職業を聞かれた時にユーモアで返せるのは羨ましい限りである。僕も考えてみよう。油を売ってます。どちらかと言えばそんなに暇ではないし油を売る仕事でもない。夢を売ってます。夢を売るというよりも数字でもってリアリティをまじまじと叩きつける方だから夢は売ってない。夢を壊す職業の方が近いだろう。考えてみるがなかなか思い浮かばない。

 

そういえば最近、枕営業をしていた彼が転職をしたそうだ。今、彼は何を売っているのだろうか。今度会う時までの密かな楽しみだ。

 

 

献血の思い出

社会人になってから半年に一度献血に行くようになった。というよりも行かされるようになったと言った方が正確かもしれない。僕の勤めていた会社の代表がライオンズクラブという社会奉仕団体に加入しており、社会奉仕活動の一環として会社内の若手社員に対し献血へ行くように奨励していたのだ。

 

献血の手順は以下の通りだ。

1.献血受付

2.問診票記入

3.問診 / 血圧・体温測定

4.ヘモグロビン濃度測定 / 血液型事前検査

5.採血

6.休憩

 

いつものように献血をちゃちゃっと終わらせ、会社に戻り残っている仕事を片付けたいと考えていた。季節の変わり目でここ数日間は体調を崩していたものの、献血当日は特に気怠さも感じなかったためそのまま献血を受けた。採血を初めて数分間、いつもと変わらない日常が流れる。しかし突然体に異変が起こる。胸が圧迫されるように感じ呼吸が激しくなる。目の前がだんたんと薄暗くなり海の底へ沈んでいるようだ。苦しさを感じる一方、頭の中では冷静な自分がこのまま血を抜かれ続けるとスーと意識が飛んで死んでしまうんだろうなと思う。ハッと我に返り看護師さんに献血を止めてもらいしばらく動けずじっとしていた。

 

少しくらい体調が悪くても大丈夫だろうという軽い気持ちで献血に臨んだが危うく死にそう?になった。僕みたいなアホはいないと思うが、少しでも体調が悪いと感じる場合は献血を受けることを控えて欲しい。

 

独り言にリアクションしたくなった話

ひょんなことからフルマラソンに参加し、走るって意外と楽しいもんだなと感じた僕。マラソンガチ勢ではないものの細く長くジョギングを続けていたこともあり、初めてのフルマラソンの後もいくつか大会に申し込み走っていた。3度目のフルマラソンに挑戦しようとした時は、今までの経験もあり非常に気が楽だった。なぜなら自分の実力がどれほどのものか分かっていたし、ペースが落ちてくる距離、体力的・精神的に辛くなる距離も予測ができていたからだ。

 

3回目に挑戦したのは、埼玉県戸田市にある彩湖の周りをグルグルと走るマラソンレースだ。フルマラソンと同時にウルトラマラソンのレースも行われ、フルマラソンの参加者は1周約4.6キロのコースを9周、ウルトラマラソン(70キロ)の参加者は15周そのコースの周りを走る。コースに2箇所エイドステーションがあり給水や給食の心配は不要だ。心配事があるとすれば同じところをグルグル周るので走っていて飽きてしまわないだろうかということぐらいだ。

 

大会当日、天気は快晴で雲ひとつない。身体に吹き付ける風が若干肌寒く走るにはもってこいのコンディションだ。小規模な大会ということもありスタートでの大渋滞もなく、ピストルの合図とともにスムーズに流れに乗る。スタートから1時間、2時間と経過し順調に距離を重ねていく。3時間を経過した頃だろうか。前方をゆっくりとチョビチョビ走るぽっちゃり男性。その横を何人ものランナーがするりと追い越していく。僕も流れに乗ってその男性の横を追い抜いた時、男性が一言「はぁ〜、みんなすごいなぁ」と溜め息をつく。いや、あなたも十分すごいですよと背中を押してあげたくなった。

 

彼にとってそれが初めてのマラソンなのかは分からないが、僕には初めてのマラソンが一番辛く感じた。マラソンに限らず仕事であれ学校生活であれ、何事も最初が一番大変で後から徐々に楽になっていくものだ。彼がマラソンを続けているかなんて知る由もないが、心のどこかで続けてくれていればいいなと感じている。

 

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iheuyo8448641.hatenablog.com

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山をなめるな!トレイルラン

初めてのフルマラソンを辛うじて完走した僕は達成感に満ち溢れていた。学生時代、マラソン大会に出ると必ずと言っていいほど脇腹を痛め、走ることに嫌悪感を覚えていた。マラソンなんか一生やりたくねぇ、そう感じていたはずだが、フルマラソン完走をきっかけにその考えがガラッと変わってしまった。その後も定期的に練習を続け半年後に2回目のフルマラソンに挑戦した。日頃の成果が身を結びなんと1回目のフルマラソンの記録よりも30分程タイムを縮めることができた。順風満帆である。やればできるやん俺!完全に調子に乗っていた僕は新たなチャレンジをすることにした。そう、トレイルランニングだ。

 

トレイルランニングとは、林道、登山道などの舗装されていない道を走るアウトドアスポーツである。アスファルトやコンクリートなどで舗装された道を走るロードレースのマラソン大会とは対照的だ。次は何に参加しようかとインターネットで探している時に出逢ってしまった。コースは長さ21キロで標高1400mの山を越えていくルートのようだ。山に登った記憶なんて小学校の頃の遠足が最後だろうか。当時はそんなに苦労した覚えはなかったはずだ。頼りにならない自分の記憶力をあてにして軽い気持ちで参加した。なぁに、普通に歩いても時速5キロくらいなんだから、21キロだったら歩いても4時間ちょっとで終わるじゃん。走ったら2〜3時間くらいで終わっちゃうんだから、お金と現地まで片道2時間かけて行って走るのはなんかもったいないな〜なんて思っていた。

 

大会当日。梅雨の時期も近づき不安定な天候が続いていたが一昨日までの雨が嘘のようだ。キラキラと太陽が輝く。ガッツリ肌でも焼いてスポーツマンにイメチェンしよ。『焼けてますね?何かスポーツでもされてるんですか?』『全然ですよ、ただ山を走ったりするのが好きなだけでそれで肌が焼けちゃったんです。』『えー、そうなんですか〜!てか山を走るんですか!すご〜い!』くだらない妄想を頭の中で膨らませる。スタートまでの時間をリラックスして過ごした。

 

スタート位置に並びピストルの音が鳴り響く。先頭の人から順になだらかな坂を登っていく。しばらく走っていると徐々に開けた砂利道から傾斜のある山道へと変わっていく。道幅が狭く人一人歩くのが精一杯でアリの行列のように連なる。スタートから1時間程して道幅も広くなり人もばらけてきたので自分のペースで進めるようになった。よっしゃ、ここからペースを上げてくぜ。俄然気合が入る。

 

スタスタスタッ、スタスタスタッと軽かった足取りが急激に重くなる。傾斜が一気に険しくなった。ドスンッ、ドスンッ。一歩足を上げ自分の体を引き上げまた一歩。心臓の鼓動が激しくなり息も上がる。これいつまで続ければいんですか?トレイルランに参加した自分を後悔した。「分け入っても分け入っても青い山」中学校時代に習った種田山頭火の俳句が頭をよぎる。どこまで行っても終わりが見えないんですが…

 

心は死んでいたもののなんとか頂上まで辿り着き次は下りだ。下りなら重力に任せて進むだけだと思った自分が馬鹿だった。冬場はスキー場に利用されているそのコースは、傾斜が急すぎで走って下ることは初心者には難しいのだ。ブレーキをかけながら一歩一歩着実に自分の足にダメージを蓄積させた。ようやく下り終わったと安堵していたのも束の間、目の前に見える登り坂に僕は絶望した。もう無理だ。その場で体育座りをし、次々と僕を追い抜いていくランナーの背中を見守った。空中にブーンと音を鳴らすドローンがふわふわと漂う。俺をゴールまで運んでくれないかなと現実逃避を始める。「咳をしても一人」このまま俺は死んでいくんだ。山は怖い、山は怖い…

 

しばらく体も動かず座っていると後ろからきた山男に声を掛けられた。大したことを言われた訳ではないが、沈んでいた気持ちも復活し元気が湧いてきた。喉がカラカラで走る前に水分補給をしないとまずいと思い、山肌から流れ出る水を飲み喉を潤した。お腹を壊しても構わん、失うものは何もないと開き直り再度走り始めた。その後心折れることなく最後まで走り抜けた。結果、21キロの道のりを5時間以上かけて完走した。

 

トレイルランというカジュアルな名前に騙された。

山をなめるな。山をなめるな。

 

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