元ひきこもりのゆるふわ社会生活blog

元ひきこもりが社会生活を徒然なるままに書き綴ります

初めてのフルマラソン

社会人になり数年も経ち運動習慣も全くなくなった僕の体重は自分史上最高値を記録していた。会社の先輩から顔、丸くなったねと言われたことをきっかけに自分に鞭を打ちダイエットを始めることにした。薄々感づいてはいたのだ。電車通勤から車通勤に変わりほとんど歩くこともなくなっていたし、3階にある職場への階段の上り下りでさえ息切れしていた。20代でこの状態だと先が思いやられると感じ、週末に自宅周辺の公園や市営ジムのランニングマシーンを利用して走り始めた。

 

地元金沢マラソンの申込日が近づいたある日、職場の関与先40代のおじさん、いやお兄さんから金沢マラソン出ようよとお誘いの声。ジョギングは続けていたものの、長くても10キロしか走ったことがない。この4倍ほどある距離を走るなんて考えられなかったし、決して安いとは言えない参加料金を払ってでも苦しい思いをしたい人がいるなんて理解できなかった。このことを職場で話しているとそういったお金を払ってでも苦しい思いをしたいマゾヒストは潜んでいるものだ。騙されたと思って一回参加してみ、絶対楽しいから。悪徳営業マンさながらの謳い文句に負かされ参加することを決め、マラソンの抽選にも当たった。

 

本番までの半年間、週に2、3回走り月間走行距離は50〜100キロほど。本番までに30キロの距離がどれほどのものか一度経験しておきたいとは考えていたものの、左膝に痛みが走り最長で15キロまでしか経験できなかった。大会当日に近づいたある日、最初に誘ってくれたお兄さんと久々に再会した。申し込んだんだけど抽選外れちゃった。俺の分もマラソン頑張ってね〜。おい、あんたが誘ったんだから参加したんだぞ!俺の代わりにお前が走れ、とは言えず苦笑いでやり過ごす。

 

金沢マラソン当日は生憎の曇天模様。この天気が通常営業なので何の感情も湧かないが雨が降っていないだけましだ。走り始めたら暑くなるだろうと思い半袖を着てスタート位置に並んだが、体と唇の震えが止まらない。冷たい風にポツポツと降り出す雨が体から熱を奪う。待機時間が長すぎる。ようやく待ちに待ったピストルの音が聞こえてくる。ちょっとずつ固まっていた集団がばらけ、自分のペースを保てるようになる。雨の音に負けない沿道の歓声、ちらりと目に映るYOSAKOI、チアリーディングなどのパフォーマンス、お腹に響く太鼓の音。あれ、意外に楽しい。気持ち悪いと思いながらも自然と笑みがこぼれる。不安視していた左膝の痛みも忘れ初めてのフルマラソンを堪能した。

 

練習で経験していた15キロまでの距離を超えここからは未知の世界だ。脳内麻薬のおかげかそんなに疲労感はない。時折エイドと呼ばれる給水、給食ポイントでエネルギーを補給し順調に歩を進めた。長時間走っていると徐々にエネルギーが消費されていくのが分かる。ちょうどお腹が空き始めた30キロ過ぎのエイドでカレーが提供されている。腹ペコだった僕はカレーを何杯もおかわりした。カレーを食べ終わり緊張の糸が切れ、どっと疲労感が訪れた僕にはもう走る気力はほとんど残っていなかった。走るのを諦めゆっくりと歩き出した。沿道の応援もまばらで周りからの視線も減り、また僕と同様に歩いている人も増え始めているのが心強かった。

 

しばらく歩いているとポツポツと降っていた雨が激しく降り始めた。冷たい雨が体に直撃しまた震えを感じ始める。身の危険を感じた僕は、早く暖かいところに行きたい一心でゴールに向かって走り出した。ゴールに近くにつれまた沿道の声援も増える。走る気力なんて全くないし心の中は空っぽだったが、周りの声援に背中を押されなんとかゴールまでたどり着いた。約5時間弱にもおよぶ僕の初めてのフルマラソンが幕を閉じた。

 

本当の闘いはマラソンが終わった後にあるのだ。その後、体育館で服を着替え、何にもする気力が起きず放心状態でしばらくの間うずくまっていた。このままお家まで何の努力もせず運ばれたいというタクシーの誘惑に負けずバス電車を乗り継ぎ足を引きずりながら家に帰る。マラソン後しばらくの間まともに歩けず生まれたての小鹿のような生活を送りこう感じた。階段の手すりにマジ感謝。バリアフリー大事です、と。

 

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提供:石川県観光連盟(https://www.hot-ishikawa.jp/photo